コリアン世界の旅
■「コリアン世界の旅」 野村進(講談社+α文庫) 6/20読了
仕事場が赤坂だから、ふらりと昼飯を食べに入る食堂も、韓国・朝鮮人が経営している店が多い。しかし、彼らのことをどれだけ知ってるんだと言われたら、ほとんど自信がない…という意味では、私もすごく平均的な日本人。そこで、ふと手に取ったこの本を読んでみた。
概要はこんな感じ…。
「コリアン」とは、どんな人たちなのか? 一見容貌が似かよっているがゆえに誤解を深めがちな日本人と在日韓国・朝鮮人のあいだの「透明な壁」を相手に、気鋭のノンフィクションライターが果敢に挑む! 私たちのすぐ隣にある「コリアン世界」を、世界的視野で掘り下げた意欲作。大宅壮一ノンフィクション賞・講談社ノンフィクション賞ダブル受賞作品。(「BOOK」データベースより)
韓国・朝鮮人について知らないことの多さ。たとえば、「恨(ハン)の文化」について。一般的に日本人は、「恨」=「うらみ」と文字だけで理解したつもりになっている。韓国・朝鮮人は恨みがましい民族だ、だから昔のことをいつまでも根に持っているんだ…などと否定的な感情につなげてしまっている。しかし、実は「恨」とはそういうことではない。
朝鮮の民俗芸能パンソリは、恨の心で歌わなければならない…という。本書では「積もり積もった情念と、それをなんとか晴らしたいという切なる願い」…と書かれている。単なるうらみとかではなく、もっともっと深い感情なのだ。
日本でいえば、たとえば「もののあはれ」などもそうだろう。単なる「哀れ」「かわいそう」ではない。もっと深い思いが込められている。源氏物語などの古典を多少でも知っている人でなければ、日本人でも理解できない人は多いだろう。外国人にはなかなか分からない感情だ。おそらく「恨の心」もそういったものなのだろう。それを曲解して、あれこれ言うなんてまったくナンセンスなのだ。
日本と韓国・朝鮮、そして在日の問題は、何か一つ改めたらすべてが解決するような簡単な問題じゃない。洋の東西を問わず、隣の国同士ってのは意外と対抗心、反発心がかきたてられやすい。じっくり理解しあうしかない。だから、「愛国」→「ナショナリズム」→「排外主義」ってのだけは勘弁してほしい。
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