こころの王国
■「こころの王国 ~菊池寛と文藝春秋の誕生」 猪瀬直樹(文春文庫)
菊池寛の書いた本、意外と読んだことがないですよ。少し前に「真珠夫人」のドラマがヒットした時がチャンスだったんだろうけど…。そんなわけで、菊池寛を主人公にした本作を見つけて手にとってみました。
内容はこんな感じ。
「菊池寛先生の秘書となった「わたし」。流行のモガ・ファッションで社長室に行くと、先生はいつも帯をずり落としそうにしてます。創刊された「モダン日本」編集部では、朝鮮から来た美青年・馬海松さんが、またわたしをからかうの…。昭和初年、日本の社会が大変貌をとげる中で、菊池が唱えた「王国」とは何だったのか?」(カバー裏より)
猪瀬直樹氏の「小説」…も菊池寛同様、読んだ記憶があまりない。たぶん、「ミカドの肖像」ぐらいしか読んでないと思う。道路行政の問題に突っ込んだり、東京都の副知事をやったり…という面の印象も強いから、彼は「作家」でもノンフィクションやドキュメンタリーを書く人であって、いわゆる「小説家」じゃないんだろうと思っていた。
しかし、この「こころの王国」は小説仕立て。しかも、語り手の「わたし」は昭和初年のモガ、つまり20歳そこそこの若い女性…という設定である。読み出して最初に驚かされるのは、その「わたし」が語る文体である。あの頃の若い女性はこういう話し方、文章の書き方だったんだろうな…と自然に納得できるような、柔らかくて品がよく、そこはかとない色気も感じさせる文体なのである。一言でいえばうまい。まあ、プロなんだからうまくて当然ではあるのだけど、ちょっと強面で挌闘家風の猪瀬氏との落差(失礼)があるので、ますます感心してしまったりする。
内容的には、これは「菊池寛再評価」を、物語の形を借りて書いたものということになるだろう。論文や評伝(=ノンフィクション)で書いてもいいんだろうけど、菊池寛と夏目漱石の関係やなぜ大衆小説を志向したのか、文藝春秋を創刊したのか…など、当時の日本の世界の中での立ち位置みたいなところから、けっこう突っ込んだ、大胆な推論を展開しているので、やはり小説仕立ての方が適していたのだろう。日本の文芸界の流れ、日本のメディアとジャーナリズムの成立過程…といったテーマに興味のある人なら非常におもしろく読める内容なのではないだろうか。巻末に、猪瀬氏と井上ひさし、久世光彦両氏との対談が2本収録されていて、これがとてもよい改題になっている。
反面、そういったことにまったく興味がなく、純粋に物語としておもしろいかどうか…という評価をすると、どうなんでしょう。ま、普通かな…ということになっちゃうのかもね。(^v^;;
この作品、「丘を越えて」というタイトルで映画化されるようである。菊池寛を西田敏行、「わたし」を池脇千鶴、馬海松がたぶん西島秀俊…という布陣みたい。たしかに昭和初年という空気感は映画的にはおいしいだろうけど、ロマンスよりも論理が勝ってる原作なので、相当思い切った脚色をしないと、いわゆる「おもしろい映画」にはならないのが普通だろう。仕上がりにはちょっと興味ありますね。
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