日本ロック学入門
■「日本ロック学入門」 相倉久人 (新潮文庫)
古い本を特に意味もなくきっちり再読するシリーズ。初版は1986年。つまり今から25年前。
内容はこんな感じ。
「かつてロックは自由と反抗のシンボルだった…そして時代は変わり、『メッセージ』がポップな流れのなかに消えてゆくかに見えるいま、外国の模倣から始まった日本のロックの過去・現在・未来を、10人のミュージシャン~加藤和彦・宇崎竜童・井上陽水・細野晴臣・松任谷由実・坂本龍一・桑田佳祐・佐野元春・大沢誉志幸・ケラ~の肉声を混えてちょっとマジメに捉え直す。」(「BOOK」データベースより)
内容は、著者が雑誌などに寄稿した1960年代以降のロックの状況に関する文章と、本書のために行ったアーチストとの対談。ボリュームは対談部分の方がやや多いかな。この対談相手の顔ぶれは、大御所にはやや早いけどベテランの域に入りつつある大物から間違いなく当時のトップランナーといえるスター、さらには注目の新鋭まで…と目配りがきいてて、その時代の雰囲気が感じられるもの。ベテランから中堅は余裕の発言、若手はやっぱりけっこう突っ張ってる印象。
まあ古い本だし、細かいところにこだわってもしょうがないので、印象に残った部分だけ。まず、第II章は「日本語のロックが生まれるとき」がテーマ。今となってはラップでさえ日本語で全然OKだから、「日本語でロックが可能か」なんて議論があったこと自体、何がそんなに問題だったんだろう…と不思議な気がするけど、1970年代ぐらいまではけっこう真剣な論点だったようだ。
考えられるのは、60年代に盛り上がった「日本語ロックの先駆け」である「GS」が、最終的に歌謡曲の軍門に降ってしまったことがトラウマになっていたのかもしれない。いうまでもなく歌謡曲は産業音楽の代表格。「ロック=体制への反抗」という図式からすると、日本語で歌うと歌謡曲という体制に吸収されてしまうというイメージが強かったのではないだろうか。ただ、本書が出た1980年代中盤には、ほぼカタはついてたと思う。答は「日本語でロックは可能」。同時に、ロックから反抗という色はどんどんなくなっていくわけだが…。
ちなみに、現在でも唯一日本語化されてない音楽ジャンルといえばジャズボーカルだろう。理由はスタンダードが中心で、ボーカル曲のオリジナルが新たに作られることが少ないからかな。とはいえ、先年活動を休止した「Our Love to Stay(アワラブ)」のオリジナルなどは、ジャンルとしてはポップスに分類されてたけど、実質的には日本語によるジャズだったともいえる。技術的には、あらゆるジャンルで日本語化は可能になったのではないだろうか(受け入れる側の許容度が上がったというのもあるかな)。
第IV章では「音楽のつくり手と受け手が対等になっていく」ということが話題になっている。「スターがファンを引っ張った時代から、ファンが勝手にスターを作る時代に」変わりつつあるという話が出てくるんだけど、本書が出た1986年というのはおニャン子クラブのブームが最高潮に達した年でもある。音楽の分野で起こっていたことと、アイドルの分野で起こっていたことが実はシンクロしていた…というのは興味深い。本書ではまだほとんど触れられてないけど、その後、音楽の分野ではDJの影響力が非常に大きくなっていく。「音楽のつくり手が単に素材の提供者になっていく」というのは、まさにこうした流れを正しく捉えていたといえるだろう。
この本を読んだ少し後に、「ロックとメディア社会」(サエキけんぞう)を読んだんだけど、内容にけっこうつながる部分もあっておもしろかったな。そっちの感想はまた別途。
| 固定リンク


コメント