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2017年8月

2017年8月28日 (月)

関ケ原

■映画「関ケ原」 渋谷 TOHOシネマズ

予告編の段階ではそんなに興味は持ってなかった作品。ところが、なぜか急に「歴史ものもいいね!」という気分になり…。公開初日の初回上映を見てきた。

ストーリーはこんな感じ。
「豊臣秀吉の死後、豊臣家への忠義を貫く石田三成(岡田准一)は、天下取りの野望に燃える徳川家康(役所広司)と対立を深めていく。そして1600年10月21日、長きにわたった戦国時代に終止符を打った歴史的合戦『関ヶ原の戦い』は、早々に決着がついた。有利と思われた三成率いる西軍は、なぜ家康率いる東軍に敗れたのか…?」(シネマトゥデイ)

日本の歴史から強烈なドラマ性のある時代を選ぶとすれば、「源平合戦前後」「戦国時代」「幕末~明治維新」「太平洋戦争前後」あたりだろうか。とりわけ戦国はダントツの人気ナンバーワン時代であり、その中でも関ケ原は最大のイベントといえる。本作はそんなものすごく大きな題材に真正面から挑んだ映画であり、司馬遼太郎の原作を下敷きにしていることを強く前面に押し出しているのも特徴だろう。

ちなみに司馬遼太郎の「関ケ原」は未読なので、ここからの感想はあくまでも映画を見た印象だけをもとにして書いてみたい。

主人公は石田三成。徳川家康と戦った三成は江戸時代はずっとヒール扱いされ、今でもその名残りからか、三成=悪い官僚の典型といったイメージが残っている。司馬遼太郎はおそらく長い間歪められてきた三成の真の姿を描こうとしたのだろう。本作でも三成は人間味があり、「正義」を重んずる理想主義者とされている。しかし、結果的には現実主義の家康に敗れていくことになる。その意味では、見終わった後に「負けちゃったけど三成、カッコよかったな~」と思えたら、作品としては成功だったことになるのではないだろうか。

だが、本作の三成がそこまで魅力的だったかというと…正直微妙であった。むしろ、老獪で泥臭い家康の方が、役所広司の演技力のせいもあって、主役を食ってしまってる印象さえあった。両雄を対比させて描くならそれでいいかもしれないが、あくまでも三成を主人公とするなら、終始完全に「三成目線」で徹底してもよかったかもしれない。その方が見終わった後にどーんと余韻が残ったような気がするのだが…。

そんなわけで「三成再評価」という観点からは、もうひとつスカッとしない仕上がりだった気がしたのだが、良いところ、見ごたえのあるところもあった。

まずは、衣装、美術、ロケーションなども含めた映像はかなりよく出来ている。戦国末期らしいきらびやかさもあり、同時に日本的な渋さも感じられた。クライマックスとなる合戦シーンも正攻法で見ごたえがあった。関ケ原は大規模軍団同士が激突した戦いであり、それを時間もたっぷり使ってきちっと見せている。その意味ではタイトルに偽りなしで良かった。槍を持った足軽集団同士の戦いも、槍で「突く」のではなく、ちゃんと上から「叩いて」いる。たしか、ああいいうのが槍の本来の使い方だとどこかで読んだ記憶がある。それを実際の映像で見ることができ、細部までのこだわりも感じられた。騎馬武者の母衣(ほろ)なども華やかでよく映えていた。

原田眞人監督は、以前の「駆込み女と駆出し男」でも、けっこう本格的な江戸言葉のセリフを採用していた。本作にも現代語っぽい言い回しはほとんどなく、非常に時代劇らしくて好印象。反面、大きな題材を限られた時間に収めるために、全編でセリフが早口になってしまったのは惜しかった。「間」の感覚がなくなってしまっている。上映時間2時間29分と決して短くはない作品なのだが…。

配役は概ね良かったが、有村架純だけはなんとなく顔が現代的に感じられた。メイクとかヘアスタイルのせいだろうか。同様にちょっと「?」と思ったのは、クレジットの文字に一部英語(ローマ字)が使われていたこと。海外市場を意識してのことかもしれないが、せっかくの和風画面にあまりフィットしてなかった気がした…。

(家康の存在感が強烈。見方によっては家康が主人公のようにも見えてくる)
Seki

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2017年8月23日 (水)

バニラビーンズによるカバー

以前ツイートした内容だけどメモ的に。音源として発表されたもののみ。

■ピチカートファイブのカバー
東京は夜の七時
ベイビィ・ポータブル・ロック
私のすべて
イッツ・ア・ビューティフル・デイ
スウィート・ソウル・レヴュー

■日本の曲のカバー
おっぱい(スピッツ)
1969年のドラッグレース(大滝詠一)
Stop Stop Rock'n' Roll(山下久美子)
星になった嘘(山下久美子)
君が僕を知ってる(RCサクセション)
世界の終わり(THEE MICHELLE GUN ELEPHANT)
キッスは目にして ぽお!(ザ・ヴィーナス)
桃太郎(水曜日のカンパネラ)
ハミングがきこえる(カヒミ・カリィ)
愛し愛されて生きるのさ(小沢健二)
sweet life (bice「光の中へ」) ※曲のみ。歌詞はオリジナル

■洋楽のカバー
KIDS(MGMT)
天国への階段(Led Zeppelin)
Funny Little Frog(Belle and Sebastian)
DARE(Gorillaz)

■アニソンのカバー
DANZEN! ふたりはプリキュア(ふたりはプリキュア)
ハッピー☆マテリアル(魔法先生ネギま!)
不思議色ハピネス(魔法のスターマジカルエミ)
LALALA ~くちびるに願いをこめて~(魔法のステージファンシーララ)

※2017年8月現在、24曲(見落としがなければ)

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2017年8月21日 (月)

Rei @新宿タワーレコード(8/20)

■本館に追加したライブレポート

8/20 Rei 新宿 タワーレコード(インストア)

CD+MUSIC BOOK「CRY」のプロモーションイベント。お客さんいっぱい。大盛況だったね。おかげでステージの様子はほとんど見えなかったのだけど、音だけ聴いていてもその充実ぶりが感じられるライブだったんじゃないかな。スタジオ録音のCDもいいけど、ぜひ「ライブアルバム」をレコーディングしてほしい! 真剣にそう思ったね。

○より詳しい感想は「ガールズ・ドット・ミュージック」でご覧いただけます。

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2017年8月20日 (日)

バニラビーンズ @渋谷Glad(8/19)

■本館に追加したライブレポート

8/19 バニラビーンズ 渋谷 Glad(ワンマン)

10月に開催予定の10周年ワンマンに向けての定期公演Vol.3。ハイライトは8/2に配信リリースされたそれぞれのソロ曲の初披露だったね。持ち味が出てたんじゃないかな~。定期公演はこれにていったん終了らしいけど、ワンマンは今後も一定の間隔でやってほしいもの。ちなみに10月のチケットはすでに申し込み済み。そっちももちろん楽しみにしているよ。

○より詳しい感想は「ガールズ・ドット・ミュージック」でご覧いただけます。

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2017年8月19日 (土)

ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ

■映画「ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ」 新宿 角川シネマ

劇場で予告編を見て。公開直後に行ってみると終日満席。2回目に行ってもまたもや満席。新宿の上映キャパが小さいせいなのだが、3度目の正直でようやく見ることができた。

ストーリーはこんな感じ。
「1954年、アメリカ。52歳のシェイクミキサーのセールスマン、レイ・クロック(マイケル・キートン)は、ミキサーを8台もオーダーしてきたマクドナルドというドライブインレストランに興味を覚え訪ねてみる。そこでレイは、経営者のディックとマック兄弟による、高品質、コスト削減、合理性、スピード性などを徹底させたビジネスコンセプトに感銘を受ける。契約を交わしてチェーン化を進めるが、ひたすら利益を求めるレイと兄弟の仲は険悪になっていき…。」(シネマトゥデイ)

誰もが知っているハンバーガーチェーン「マクドナルド」。その創業秘話を映画化した実話もの作品である。監督はジョン・リー・ハンコック。前作の『ウォルト・ディズニーの約束』と同様、最後に登場人物たちの実際の写真や肉声を紹介し、物語がたしかに事実に基づくものだということを実感させる手法をとっている。「事実は小説より奇なり」とはよく言われることだが、実話もの映画らしい迫力とおもしろさが一体化したダイナミックな作品に仕上がっている。

タイトルの「ファウンダー」とは「創業者」という意味だ。しかし、マクドナルドのハンバーガービジネスを実際に生み出したのは、主人公のレイではなく、カリフォルニアで自分たちの店をやっていたマクドナルド兄弟だった。商品や販売スタイルだけでなく、有名な黄色いアーチのデザインまで兄弟が考えたものだったのだ。
そんなマクドナルドのビジネスは、当時としてはたしかに画期的なものであったが、そのままなら田舎町の風変わりな店のままだったかもしれない。だが、レイが関わったことによって、その後マクドナルドは急速な発展を遂げることになる。「ファウンダー」とは、「全米、全世界に展開する巨大チェーンとしてのマクドナルド」を創業した人物ということなのである。

このマクドナルド兄弟とレイの関係は、「0から1を生み出すベンチャー起業家」と「1を100にする成長請負人」ということになるだろう。両者は求められる資質がまったく異なるとはよく指摘されることである。実際に大きく成長したニュービジネスは、その発展プロセスのどこかで経営責任者が交代していることが多い。
この起業家から成長請負人へのバトンタッチが円満に行われるのが一つの理想ではあるが、往々にして起業家は自らが生み出したビジネスに愛着があるから揉めることになる。本作でもそのあたりは後半の見せ場となっている。目的に向かって邁進するレイは、まさに血も涙もない資本主義の権化のようだ。マイケル・キートンの演技が最高にハマっている!

マクドナルド兄弟から見れば、レイはいわゆる「乗っ取り屋」ということになるかもしれない。結果的にすべての権利を譲渡する対価は270万ドルだった。当時は1ドル=360円だから、日本円に換算すると9億7200万円。しかも1960年代初頭である。現在の貨幣価値だとざっと10倍として約100億円だろうか。これを安く買い叩いたと見るか十分と考えるか…。

そんなレイだが、52歳までしがないセールスマンだったことも忘れてはならないだろう。1950年代だから、今の感覚だともう60歳くらいかもしれない。それなのに営業先のモーテルで夜ごと自己啓発のレコードを聞いては「いつかチャンスがくる」と機会をうかがっていたのである。彼はビジネスにもっとも大事なのは根気だというが、まさに恐ろしいほどの根気である。そんな準備期間があったからこそ、彼はマクドナルドというチャンスを確実に捉えることができたのだろう。

本作を見ていると、成功に不可欠な要素は「チャンス」「能力」「運」…この三つだということがわかる。レイは根気やバイタリティーといった能力は十分だったが、52歳まではチャンスに巡り合えなかった。能力だけではどうにもならないのである。また、マクドナルドというチャンスを得てからも、事業はかなり綱渡りだった。資金繰りなどで相当苦しんでいたことが作中でも描かれている。そんな時、辣腕の財務アドバイザーにたまたま巡り合う。これは運の強さだろう。この三つの要素がそろうことはそうそうない。だからこそ成功物語はまばゆくおもしろい。

この他にも、雌伏期から創業期を支えてくれた奥さんと別れて、一目ぼれした人妻と再婚(てことは略奪婚?)なんてエピソードも出てくる。このへんはあまり恋愛方面に深掘りはしてないけど、レイの目標達成最優先なキャラを裏づける重要エピソードにもなっている。

生み出した価値観を守りたいオリジネーターとその商業化を進めたいビジネスマンの対立。この図式は監督の前作『ウォルト・ディズニーの約束』とほぼ同じである。しかし、結末と後味はまるで逆の映画が生まれることになった。両作を比べてみてもおもしろいのではないだろうか。

(マイケル・キートンをキャスティングできたことでこの映画の成功は決まった?)
Mac

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2017年8月17日 (木)

本館にCDレビュー追加(8/17)

■追加したCDレビュー

APRIL 「MAYDAY」
SHE IS SUMMER 「Swimming in the Love E.P.」
さよならポニーテール 「夢みる惑星」
Softly 「ふたりの距離」
星野みちる 「黄道十二宮」

約2カ月ぶりのCDレビュー。今回は大体6月頃に買った作品の感想です。顔ぶれはおなじみのところ中心かな。いずれもお気に入り度で最高の「星三つ」はつけてないけど、どれも聴き応えはばっちりだったね。不思議なもので、長い目で見ると、最初に三ツ星をつけた作品よりも、そうでない作品の方を愛聴してたりすることもあったりする。この中からもそういう作品出るかも…。

○より詳しい感想は「ガールズ・ドット・ミュージック」でご覧いただけます。

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2017年8月 9日 (水)

海辺の生と死

■映画「海辺の生と死」 テアトル新宿

新聞で紹介されていたのを読んで。実は前の週にも見に行ったところ、たまたま1日(割り引きがあるファーストデイ)で満員。その日は断念していた。仕切り直しということで。

ストーリーはこんな感じ。
「太平洋戦争の終わりも近い1945年。奄美群島の加計呂麻島の小さな集落に、海軍の特攻艇部隊を率いる朔隊長が赴任してくる。島の子供たちに慕われ、仲間と酒を飲むより地元に溶け込もうとする朔に、国民学校教師のトエ(満島ひかり)はいつしか惹かれていく。やがて、出撃命令を待つ朔とトエは互いの思いを確かめ合い、明日をも知れぬ中で激しい恋に落ちる。」(シネマトゥデイ)

この映画に描かれているエピソードはほぼ実話といっていいのだろう。隊長のモデルは後に作家となる島尾敏雄、トエは同じく作家の島尾ミホである。彼らはこの戦時中の体験や戦後の結婚生活を作品にしており、日本文学が好きな人にとっては非常に有名な話といえる。ちなみにこのカップルのお孫さんは漫画家のしまおまほさんで、かせきさいだぁの奥さんである。

しかしながら、私自身は原作となっている彼らの小説については未読であった。それなのに、この戦時中の島で燃え上がった恋のエピソードを知っていたのは、ひとえに中森明夫氏が1998年にまだ存命中だった島尾ミホに会って書いた文章を読んでいたからである。そして、その文章がものすごくロマンチックで強く印象に残っていたことが、この映画を見てみたいと思った直接的な動機だった。

少々長くなるが一部を引用してみる。
「加計呂麻島呑乃浦。半世紀以上も前にこの場所で若い命らが一人乗り特攻艇によって自爆攻撃を果たすため待機していた。特攻隊を率いる青年海軍中尉は、村人にやさしく子供らに好かれ、『ワーキャジュウ(我々の慈父)』と呼ばれて島の守り神となっていく。(中略)真白い海軍の制服を着たマレビトと、カナ(姫)と呼ばれる村長の一人娘ミホは、宿命のように出逢い恋に落ちる。戦争が二人の恋を神話にした。遂に出撃命令が下り、その夜、死出の装束に身を固めたミホは手足を傷だらけにしながら浜辺をひた走る。恋する人とのひと時の逢瀬。やがて彼女は慟哭して浜に正座する。隊長の出撃を見届け、自ら短剣で喉を突いて海中に身を投げるために。しかし、出撃は果たされず終戦、生き延びた二人には『死の棘』の戦後が待っていた……。」(中森明夫『女の読み方』朝日新書 2007年より)

どうだろうか。まさにこの映画そのものではないか。本当にあった出来事なのにまるで神話のようだ。文明圏からやってきた青年と土地のエネルギーを身にまとった娘が恋に落ちる。永遠の時間が続くかと思われる南の島での暮らしと、いったん出撃が決まれば明日にも死ぬことになる戦争という現実が交錯する。映画は二人が惹かれあっていくプロセスを2時間35分の上映時間をたっぷり使いながら描いていく。登場人物によって数多くの島唄が歌われるが、いわゆる劇伴の音楽はない。そのかわりに島の言葉が音楽のようなリズムを生んでいく。もう一つの特徴は夜のシーンが多いことだろうか。闇はまるでこの世とあの世をつなぐ扉のようだ。他にも花や書物といった小道具が象徴的な役割を果たす。わかりやすいエンターテインメントではないが、非常に濃密な情報量を持った映画だと感じた。

トエを演じるのは沖縄出身だが奄美にルーツを持つという満島ひかり。彼女が垣間見せる役になりきる狂気のようなものが、恋のために命をも投げ出さんとする主人公とオーバーラップしていく。素晴らしいはまり役だろう。島民や子供たちは全員ロケ地の奄美地方で採用されたキャストで、これもとてもナチュラルで良い効果を生んでいる。

ただ、気になったところもないわけではない。終盤、村人たちが集団自決を企てるような描写がある。実はさきほどの中森氏の文章にも「(島民は島尾隊長を称え)隊長の出撃と同時に集団自決する意志さえ固めていた」という記述があるのだ。おそらく原作となった島尾夫妻の著作にもそういったエピソードがあるのだろう。ただ、最終的に最悪の事態は回避される。この顛末はもう少しわかりやすくするか、あえてカットでもよかったのではないだろうか。せっかくの終盤でやや観客を混乱させていたような気がした。ひょっとしたら自分が大事な部分を見落としたせいかもしれないが…。

(本格文芸映画として見ごたえ十分。映像も美しいので劇場でぜひ)
Umibe2

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